今日はクリスマスイヴです
先週、今週と新宿や渋谷に出る機会があったため
久しぶりに都会のクリスマスイルミネーションを見る機会がありました

わくわく、キラキラしていて楽しいですね


ところで、わたしにとってはクリスマスはクリスチャンの保育園から
始まりました

イエス•キリストの誕生劇をやるのですが、わたしは最後の宿屋の女主人を
やっていたように思います

臨月でもう今にも産み落としそうなマリアとヨゼフが宿を探していたけれど
どこもいっぱいで、最後の宿は「馬小屋でもよければ」といって場所を提供した
のです


そこでイエス•キリストは誕生し、東方三博士が黄金、没薬、乳香を持って来たと言われています

ですから、わたしにとっては教会にいき
キャンドルサービスをしてお祈りをして帰ってきてクリスマスディナーを食べる、という
のが子供の時からの習慣でした
(ちなみに家族はクリスチャンではないので私だけ)

10代になるころから教会からは離れていきましたが
大学はクリスチャンの学校だったため、そういうことを感じることも出来ましたが
大人になって教会も行かず、恋人や友達と過ごすことが多くなりました


今年はふっと一人になる時間があったため、ここ2年のことを考えたりできました

久しぶりに教会でクリスマスを感じてみてもいいなあ、とも思ったのです


エネルギーワークをしていて、わたしは「感謝」ということが大切だと
感じてきました

本来神様と向き合う、ということは「感謝をする」ということだったように
思い出したのです

いつも寝る前に感謝の祈りをしていたこと、そういう自分を思い出し
この1年の感謝をふとしてみたくなったのです

もちろん家でもできます
 
しかし1年に1度くらい厳かに神様に「ありがとうございます」と言ってみたい
と思ったのです


人間に生まれてきて、今ここにいること
暖かい部屋で眠れること、屋根の下でご飯が食べれること
自由にどこにでも行けること
お話しする相手がいること、
生きることの苦しみを喜びに変えていけること

そして、ただ生きていることに感謝したいなと思ったのです




わたしは宗教家ではありません

クリスチャンは10代で洗礼を受ける前にやめました
15才になったら洗礼を受けてもいい、とは親からは言われていましたが、
(個人の自由ということで)
なぜなら「わたしは自分と神様の間に人間や団体は要らない」と思ったからです

感謝ができればそれでいい、
また神様がいるって思えてそれで救われる気持ちになるならそれでいい
と思えたからです

 
だからと言って宗教を否定もしないし、むしろ目に見えないものはあると思っているから
エネルギーワークやスピリチュアルを勉強しています

しかし、神様は心の拠り所であって、自分のエゴを叶えてもらうところでもなければ
恐怖を植え付けるところではないと思うのです


それでも宗教に救われることもあると思います
感謝する対象があると幸せな気持ちになれます
しかし、一人でもそれはいいのです


聖書の教えに
誰もいない場所でひっそりと祈りなさい、というものがあったと思います



宗教や神様は幸せになるためにあるものと考えますが

本当はもう幸せなので、 今を感謝するための対象だと思ってみたら
色々なことが変わると思います


1%の不幸に目を向けるのではなく、99%の当たり前のことに感謝
してみたらその瞬間から心は平穏になります
平穏な心は幸せです

 
ぜひ、みなさんもよいクリスマスを

そしてお礼参り、初詣で神様に「ありがとうございます」と言ってみてください